KTのゼロトラスト全社展開から読み解く、通信事業者のセキュリティ戦略の新潮流

KTのゼロトラスト全社展開から読み解く、通信事業者のセキュリティ戦略の新潮流

韓国の通信大手KTが2026年6月7日、ゼロトラストアーキテクチャを全社規模で展開する方針を明らかにしました。従来の境界防御モデルから脱却し、すべての通信とアクセスを継続的に検証する体制へと移行します。通信事業者という大規模かつ複雑なインフラを持つ企業が、全社一体でゼロトラストを実装する試みは、業界における重要な先行事例となります。

参考: KTがゼロトラストを全社展開し、先制防御を強化(ChosunBiz)

分析・見解

KTの今回の発表で注目すべきは、「全社システム全般」という適用範囲の広さです。ゼロトラストの導入は多くの企業で進んでいますが、実際には特定部門や限定的なシステムへの部分導入に留まるケースが大半です。通信事業者のような巨大組織で、レガシーシステムから最新クラウドサービスまで混在する環境において、全社一体での実装を掲げた点は戦略的な意思決定と言えます。

通信事業者特有の課題として、顧客データベース、基地局制御システム、ネットワーク管理基盤など、極めて多様かつ重要なシステムが並存している点があります。これらすべてに対して「通信やアクセスごとに継続的に検証」を実現するには、認証基盤の統合、アクセス制御の細分化、監視ログの一元管理など、膨大な設計・実装コストが発生します。それでもKTが全社展開に踏み切った背景には、近年の通信業界を狙ったサイバー攻撃の高度化があります。

特に重要なのは「侵入後の横展開抑止」という観点です。従来の境界防御では、一度内部に侵入されると攻撃者が自由に移動できる問題がありました。通信事業者の場合、一つのシステムから別の重要システムへ横展開されると、広範な顧客情報漏洩や通信インフラの停止といった深刻な被害につながります。ゼロトラストによる「最小権限の原則」と「継続的検証」は、この横展開リスクを大幅に低減させます。

また「内部不正の抑止」も重要な狙いです。通信事業者の社員や協力会社スタッフは、業務上、膨大な顧客情報にアクセスできる立場にあります。ゼロトラストによる厳格なアクセス管理と監査証跡の記録は、内部関係者による不正アクセスの早期発見と抑止に直結します。

実装面での課題は、既存システムとの互換性維持です。通信事業者は数十年前から稼働するレガシーシステムを抱えており、これらすべてをゼロトラストアーキテクチャに適合させるのは容易ではありません。段階的な移行計画、システムごとのリスク評価、移行期間中の併存運用など、綿密な設計が求められます。

ビジネスへの影響

KTの事例は、大規模組織におけるゼロトラスト導入の実務的なベンチマークとなります。特に金融、エネルギー、医療など、重要インフラを担う企業にとって、「全社展開の実現可能性」を示す重要な先例です。

実務的な示唆として、まず経営層の明確なコミットメントが不可欠です。ゼロトラストは単なる技術導入ではなく、組織全体のセキュリティ文化を変革する取り組みです。KTのように「全社方針」として打ち出すことで、部門間の調整や予算確保がスムーズになります。

次に、段階的なロードマップの設計が重要です。一度にすべてを移行するのは現実的ではありません。リスクの高いシステムから優先的に実装し、知見を蓄積しながら展開範囲を広げるアプローチが有効です。

さらに、サプライチェーン全体での対応も視野に入れる必要があります。通信事業者は多数の協力会社やベンダーと連携しており、これら外部関係者のアクセスもゼロトラストの対象となります。契約条件の見直しや、協力会社側のセキュリティ体制強化支援も併せて進める必要があります。

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